思い出の九十九里浜


房総半島を一言で表すなら、「とにかく、だだっ広い」と僕は答える。
出発は午前8時。今回も小雨だ。
日本の梅雨明けが遅れてるのは自分のせいじゃないだろうか…。
本当はもっと早く家を出たかったが、明け方はかなりの土砂降りだったために、躊躇してしまったのだ。
思えば、失敗はここから始まっていた。
今回予定しているルートは、都内から成田経由で銚子・犬吠埼へ出て、そこから房総半島を南下し一周してくること。
二日間で回るため、どの程度時間に余裕ができるかわからないが、可能なら内陸部の林道もいくつもりだった。
が、予想以上に犬吠埼は遠かった…。
東京から銚子を目指し まっすぐ東へ進んでだが、はっきり言って都下の街中と変わらぬつまらない道である。
距離の長さよりも、道のりの変化のなさが退屈で耐えられない。
ようやく 犬吠埼へ到着したのは午後1時。
海に近づくにつれ、雨に加えてものすごい強風が陸から海に吹き付けてきた。
関東平野のなだらかな地形と、広大な太平洋の間に、風を遮る山はない。
横風にこれでもかと煽られながら、這々の体でたどり着いた。
こんな天気でも海水浴客はいるかなと 砂浜や磯場を見たが、身を縮ませた長袖の観光客しかいなかった。

犬吠埼灯台 でも塩犬は吠えませんでした

犬吠埼灯台 でも塩犬は吠えませんでした

8月も間近だというのに寒々しい海

8月も間近だというのに寒々しい海

犬吠埼灯台では土産物屋や鹿島港で水揚げされた海の幸を売る店が並んでいた。
お昼時ということもあって必死で客を呼び込んでいる。本来書き入れ時のはずだろうが、どの店も閑古鳥が鳴いている。
これほどの冷夏では、観光地・海水浴場は商売あがったりだろうなぁ…。同情を禁じえない。
普段の私ならこのタイミングで食事するのだが、往路でついつい空腹に負けてラーメンなど食べてしまったため満腹だった。
残念。内心、激しく後悔。仕方なく 30分ほど散策した後、いよいよ外房をめぐるコースへ。

釣り人は天気も場所も気にしない

釣り人は天気も場所も気にしない

飯岡港遠景 犬吠埼から少し南に位置する

飯岡港遠景 犬吠埼から少し南に位置する

延々50km続く砂浜・九十九里海岸。それに沿って走るほぼ直線の国道を、ときどき砂浜へ寄り道しながら南下した。
平年のこの時期なら海水浴客で大混雑するはずなのだが、どこも閑散としている。
ここまで肌寒いとさすがに完全武装のサーファーで無い限り泳ぐ気にはならないだろう。さびしい限りである。
水着のおねーちゃんを見たかったのに…。

視界の果てまで続く砂浜

視界の果てまで続く砂浜

ライフセイバーが海水浴客より多かった

ライフセイバーが海水浴客より多かった

どのくらい走っただろうか。雨の中、朝から走ってることもあり、疲れと眠気と寒さからそろそろ温泉に入りたくなった。
道中見つけた オーシャンスパ・太陽の里という看板の「仮眠室あり」との文言に惹かれ、そこで休憩することに。
入館料は2000円と、日帰り温泉にしては高めだが、雨風をしのげてのんびり眠れるのなら安いものだ。
温泉に入って仮眠室で横になる…。このとき、時計を全く気にしてなかったのが仇になった。

二輪駐車場で餌を待つツバクロの子ら

二輪駐車場で餌を待つツバクロの子ら

すでに雰囲気はシーズンオフ

すでに雰囲気はシーズンオフ

ぼちぼち起きるか…と時計を見てびっくり。すでに午後5時すぎ! なぜかまだ3時くらいに思っていたのだが、この勘違いは痛い。
今日中に外房を周るつもりだったが、時間的にかなりきつくなった。
それどころか、今日の野宿ポイントすら決めてない。あわてて出発。(あとで、このスパで宿泊すればよかったと後悔したが…)
幸い、雨は上がっていた。テントを張れる場所、もしくは屋根のあるベンチを探しながら国道を走る。
すでに九十九里の砂浜地帯を抜け、南房の磯が目立つようになってきた。
しかし、いいロケーションが見つからない。道の駅・公園・砂浜・漁港…。だめだ。どこもまだ人がいる。
いまさらながら房総半島は人家が多いと思う。伊豆や三浦半島と比べても、海岸沿いの町は皆ある程度の規模を誇る。国鉄時代から鉄道があるからだろうか…。
そんなことを思う間にも、夕闇は無情に行く手を覆い尽くす。せっかくのシーサイドラインも海が見えなければ無粋なアスファルトでしかない。
できるだけ海を眺めるために時計回りのコースを計画したというのに…。
午後8時過ぎ。ようやく海岸沿いの公衆トイレに併設された東屋を見つけた。
屋根に木のベンチ。迷わず今日の野宿ポイントに決定!
場所を後で調べたところ、千倉という漁港のそばだった。
落ち着ける場所を得た安堵感に包まれつつ、ボーっと波の音を聞いていると、
近所の民宿の宿泊客だろうか、親子やカップルが花火をしにやってきた。
やかましい子供たちの声や花火の爆発音が耳に入っても、今日はなぜか優しい気持ちにさせられる。
そのうちワゴンで家族連れがやってきて、バーベキューの準備など始めた。 さすがにそれはどうかと…。
とかいいつつ、「それならこっちも」と、私も遅い夕食の準備をすることにした。
今日のメニューは、貝のバター炒めライス。
通りがかりのスーパーでボイルしたサザエやホタテが串に刺さったやつを3本ほど仕入れ、具を串から抜いてバター炒め。
そこにサトウのごはんを暖めもせずにドバッと投入。ガンガン炒めてほぐしつつ、醤油で味付けて出来上がり。
貝がたっぷりのバターライスである。栄養バランスとか考えない。けっ。 食えりゃ何でもいいのよ。
調理中に犬を連れた地元のおっちゃんがやってきた。
晩酌を済ませたところなのか、 酔った様子でおっちゃんは私に話しかけてきた。
私が寝床にしようとしてるベンチが、その犬のいつもの指定席だったらしい。
おっちゃんの身の上話は波と花火の音で掻き消されがちだったが、私はできるだけ相槌を打ちつつ聞いてあげた。
つい実家に一人残したままの父親を思い浮かべてしまう。旅先での出会いは大切にしたい。
僕が食事の片づけを始めるまで、おっちゃんは犬の頭を叩きながら話を続けた。

後片付けはちゃんとしようね♪

後片付けはちゃんとしようね♪

左端がおっちゃん 中央は愛犬・リー

左端がおっちゃん 中央は愛犬・リー

後片付けも済まし、花火も終わった。
風雨に打たれ、時間に追われた今日の旅路を思い返しつつ、リュックを枕にベンチに横たわる。
太古からDNAに刻まれ続けてきた波のリズムを子守唄に、私はまぶたを閉じ、安息の闇へ落ちていった。
「長くてつらい一日だったなぁ…」
否!
それはまだ翌日の狂気の序章に過ぎなかったのである!



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