ツーリングの前の晩はいつだって寝不足だ。
遠足を控えた子供のように興奮してなかなか寝付けない。
前日も遅くまで残業し頑張って仕事にけりをつけたというのに早く床に就いた意味がない。
1時には布団にもぐり中で目を閉じてはみたが、午前5時頃に起き出すまで全く熟睡できなかった。
まぁその代わり今夜はよく眠れるだろう…そう信じてキャンプ道具を準備した。
今回の行く先は長野と岐阜の県境にある乗鞍岳周辺。
紅葉最盛期のこの季節に行きそびれたら来春まで行けないだろう。
初雪が観測されたとかいう話も聞く。
というわけで午前6時30分出発。
こないだビーナスラインを走ったときと同じ耐寒装備で、早朝の環七に乗り出した。
首都高から中央道へ。このルートもだんだん慣れてきたが、やはりセローで高速は辛い。
辛い時間を早く終わらせたいがために、 アクセルほぼ全開で走る。
フロントタイヤも想定されている限界のスピードで回転させられて癇に障るのだろうか、ちょっとした横風でも「イヤイヤ」と首を振りたがる。
それを押さえつけるこっちも必死だ。エンジンの強烈な震動がハンドルまで伝わり、手がしびれて腱鞘炎になってしまいそうである。
途中、談合坂と諏訪湖のサービスエリアで休憩。
日が高くなるにつれて暖かくなってきた。
厚着してる分、停まっていると暑いくらいだ。
午前10時、岡谷ICで高速を降りた。
まず目指したのは林道・王城枝垂栗(おうじょうしだれくり)線。GPSですんなり到着。
このあたりの標高は1200m前後なので、まだ完全に紅葉してるわけではないが、林道には落ち葉の絨毯が敷き詰められていた。
道自体は走りやすいが、落ち葉でのスリップには注意が必要だ。
四輪の対向車も含め、林道にしては交通量が多かった。
この季節はとくに茸目当ての入山者が多いのだろう。
林道の道沿いにビニール紐が張り巡らされ、入山禁止・キノコ採集絶対禁止の張り紙があちこちにある。
やがて道は尾根道になり、日本中心の標に到着。
ほんまに中心なのか知らないが、とりあえず休憩。(どうやら本州の中心らしい)
螺旋階段で登れる展望台があり、さすがに眺めは素晴らしかった。
11時、林道を抜け、国道153号線=三州街道に出た。そのまま北上し、小野下町の交差点を左折。
牛首峠を越え、林道桑崎線に出る道を進んだ。
地図では牛首峠も林道も通行止めになってるが、行けるとこまで行ってみよう。
地図上での林道終点が目の前に迫ったところで通行止めのロープが張られていた。
直前の分岐から脇道を進んだが、やはり草に埋もれて進めなくなった。
分岐にもどると、ここの作業員の方々が丁度現れたので聞いてみたが、やはり通り抜けはできないようだ。
Uターンして林道を戻り、舗装路の続きを走る。こっちの通行止めは解除されていたので助かった。
国道19号=中山道に出、奈良井川沿いを南下。
木曾街道の旧い宿場町が点々と続く。
その中の一つ、奈良井宿で旧道への分岐を曲がった。
時刻は12:30。ここらで昼食を摂ろうと駅の隣の蕎麦屋に入ったが、えらく混んでたので断念。
メインストリートをはさんだ向かい側にある急勾配の脇道を登り、次の目的地鳥居峠林道に入った。
ハイキングをしている歩行者が多いので紅葉を眺めながらのんびり走る。
峠を越え、山を下るにつれてハイキングの行楽客がどんどん増えて行く。
林道を抜けて薮原駅付近では歩行者の脇を会釈しながら徐行運転。
人ごみを避けて山奥に来たつもりなのに、これじゃ東京の繁華街と変わらない。
逃げるように駅周辺を離れ、県道沿いにあったみやげ物センターみたいなとこ(名前失念)で昼食。
食べ終わって時刻は13:30。
今日の宿泊場所は新穂高野営場でのキャンプを予定している。
まだ日は高いが、そこまでの道のりを考えると、いまから向かった方がよさそうだ。
野麦峠(※)や月夜沢林道、開田高原の蕎麦なども予定していたが、翌日にまわして、
上高地乗鞍スーパー林道を目指し、県道26号線を一路北上することにした。
この季節、キャンプ場に早く着くに越したことはない。
※ 一応解説。山本実の作品「あゝ野麦峠」で有名な峠。
富国強兵政策の陰で過酷な労働に苦しめられた悲劇の女工たちを描いた。とはいえ僕もまだ読んだことない。
14:30、上高地乗鞍スーパー林道に到着。
林道とはいえ、舗装路でしかも有料である。
有料区間がいくつかに分かれているため、何度も料金を支払い、その度にもたついてしまった。
振り向けば順番待ちの車が。ここも紅葉目当てのドライブで交通量がとても多い。
しかしさすが人が大勢訪れるだけのことはある、見事な紅葉が目を楽しませてくれた。
日本有数のドライブコース・乗鞍スカイラインは去年から一般車両通行禁止になり、
このスーパー林道が乗鞍周辺随一のドライブコースとなってしまった。
免許取得が今年の春だったので、残念だが如何ともしがたい。
それでも景色は素晴らしかった。 乗鞍高原を越え、白骨温泉を抜け、上高地方面を目指す。
林道を抜けたのが15:30。
途中で道を間違えて一区間飛ばしてしまったが、明日、野麦峠に行くときに通ればいいか。
国道158号線を高山方面に進み、安房トンネル手前で旧道に入り、峠道をウネウネ登る。
安房峠の標高は1790m。日も西に傾き、だいぶ寒くなってきた。
峠道を下り、平湯の温泉街に出たのが16:00。
長野との県境とはいえ、ここは岐阜県。地続きのツーリングでは最も遠くに来た。
さすがに一日中走り回って、かなり眠い。
予定していたキャンプ場はさらに先だが、疲れたので平湯キャンプ場に予定を変更した。
事前に調べて、そこも候補の一つだったので問題なし。
買出しをして、さっさとチェックインして、温泉にでも入ろう…。
買出しを終えたとこで、電話の不在着信に気がついた。
15:00頃、会社からだ…。至急電話をくれと留守電に入ってたので早速電話してみた…。
塩犬「もしもし? 連絡遅くなってすみません」
社長「あぁ、お休みのとこ申し訳ない」
塩犬「何か不具合とか発生したんですか?」
社長「あのね、XXシステムのね、」
塩犬「はい…(やな予感…)」
社長「サーバーのハードディスクがとんじゃった」
塩犬「(゚ロ゚; グハッ!!」
社長「異音が聞こえたので直前にデータベースのバックアップは取ったけど、
直後に死んで立ち上がらなくなった。ハードウェアの問題…たぶん不良セクタが原因らしい」
塩犬「あら…まぁ…そうですか…」
考えうる最悪の事態だ。
多少の不具合なら手持ちのPDAでここからでも修正できるが、
サーバーの復旧はさすがに事務所まで戻らねばならない。が…しかし…。
社長「で、今どこにいるの?」
塩犬「…岐阜です…奥飛騨の山奥…」
社長「゚(ロ゚; グハッ!!」
社長の気持ちが痛いほど分かる。
システム停止が月曜まで伸びたら、クライアントとの信頼関係にひびが入る。
そのシステムの成否は次の仕事の受注にかかわるものであり、それがうちの会社で現在見込まれてる最大の案件なのだ。
小さいシステム開発会社である。その一員としても、まさに生活に直結する事態なのだ。
…しゃーない。
社長は言いにくいだろうから、自分から切り出した。
塩犬「いまから戻りますよ、東京に」
社長「おぉ!!」
塩犬「たぶん順調に急いでも4・5時間かかりますけど」
社長「本当に申し訳ないね~(T▽T」
おくやまに 紅葉ふみわけ泣く塩の
声きく時ぞ 秋は悲しき (読み人知らず)
時刻は16:30。
平湯から東京まで直線距離で200km。道のりにすると約250kmである。
疲れと眠気でフラフラになりながら国道158号線を松本に向かい、高速に乗った。
諏訪湖SAで温泉に入りたかったが、間違いなく爆睡モードになるのでやめといた。
21時、どうにか無事故で帰宅。
荷物を置いてすぐ事務所に。
翌日の日曜日も出社した。
とりあえず乗鞍まで日帰りツーリングできることが分かった。
それは今回の収穫としておこう。
そう、野麦峠はそれほど遠くないのだ。
その悲しい物語は現代の東京を舞台に連綿と続いているのである…。