この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる
迷わずにゆけよ ゆけばわかる
- 一休禅師 「道」より -
猪笹林道のここの分岐を東の細い廃道へ…時刻は13:40くらいか。
しばらくはこれまでと同程度の悪路だったが、
崖側に足を着くスペースのない極悪な難所…しかも、通れそうな部分には頭大の落石…。。
とにかく行けるとこまで行ってみようじゃないかと、バイクを降りて汗だくになりながら石をどかして進路を確保。
本線だと信じていたため、このすぐ先にゴールがあると思っていたのだ。
下り勾配なため、低速でのマシンコントロールがしやすかったこともあり、とりあえず無事通過。
その先も何箇所か落石に進路を塞がれ、そのたびにバイクを降りての力仕事。
三月とは思えぬ昼過ぎの日差しに照り付けられ、じりじりと体力が奪われていく。
もうすぐ…もうすぐ…と信じて進んだが、今度は背の高いススキが路面を覆い始めた。
長距離ツーリングで限界だった握力が、ここまでの作業でさらに弱まったせいだろう。
根株にハンドルを取られてバイクをうまくコントロールできず、ススキに突っ込んであっけなく転倒。
ぜぇぜぇ言いながら必死でマシンを起こしたが、もう腕に力が入らない。
ここで、ようやく冷静に状況分析、肩で息をしながらGPSをじっくり確認した。
分岐からの直線距離は小さいため判りにくかったが、地図と見比べると本線から外れてるのは明らかだ。
この道がどこかに出る可能性に賭けてさらに進むか…それとも…あの道を戻るか…。。
…絶望感で一気に脱力し、その場にヘナヘナと座り込んだ。滝のように流れる汗が目にしみる。
二の腕も疲れきってピクピクと痙攣。体を酷使しすぎて胃の辺りがムカついてきた。
水分を補給し、とにかく呼吸が落ち着くまで小休止。
吹きすさぶ風の音しか聞こえない標高1000mの山道で、しばし呆然と目の前の山並みを眺める…。
空に手が届きそうだ…。やはり山は神々の住処なのか…。
どうしてこの時間、この場所に自分がいるのだろう…。まるで修験者だな…(笑)…。
時刻は14:00を過ぎていた。ここでボーっとしていても状況は改善されない。
誰かがやってきて助けてくれるわけもなし。このまま進むよりは分岐に戻る方が希望が持てる。
しゃーない…戻るか…。屠殺場に赴く獣のような気分で出発。
来た道をただ戻るだけ、なんて言われそうだが、ことは単純な状況ではない。
このように石がゴロゴロしてる路面の場合、障害物を避けるためにも通過ルートの瞬時の判断が重要だ。
下り勾配ならバイクは自然と前へ進んでくれるので、ブレーキで速度調整しながらルートを選んで進むだけで済む。
しかし上りはアクセルワークがそれに加わることになるのだが、なにしろこの握力…。
半クラッチで低速走行するとなると、ちょっとしたクラッチのつなぎ方で暴走したりエンストしてしまうのだが果たして…。
…
超悲惨…(ノд・、)
ハンドルはまっすぐ! ステップを使って重心移動!
…って基本を守りつつ進もうとするのだが、両腕がいうことを聞かずハンドルをまっすぐに支えきれない…。
で、傾斜のきつい登り坂で大きな石にフロントタイヤを乗り上げて、はい転倒。
リアキャリアに満載されたキャンプ用具の重量を恨みつつ、体重を預けるようにして車体を起こす…。
次は、片足しか着くことを許されない超隘路。
大きな石は往路で除けたが、握りこぶし程度の石が斜面を埋め尽くしている。
ここでだけはエンストしないでくれよ…とびびりながら、ガレガレ路面を登ったのだが、
一番狭い箇所で気が急いたため、ふっとクラッチをつないでしまい、エンスト。・゜・(ノД`)・゜・。
山側の右足だけ着き、セルスイッチでエンジンを始動するのだが、
グリップの聞きにくい路面に駆動力を奪われてしまい、なかなか前進できずに何度もその場でエンスト…。
左の足元には急斜面がどこまでもどこまでも…。
「死」をこれほど身近に感じたことは初めてだ…下の下の方から誰かに呼ばれている気が…。
半べそかきながらも着いた足を踏ん張ってなるべくリアを浮かせるようにし、この極悪な坂道発進に何度目かで成功。
逃げるようにそこから離れた。
離れたのだが、まだ難所は続く。
さっきよりましとはいえ、狭い狭いトラバースルートで再び石にハンドルを取られて、また転倒。
幸い山のある右側にバイクは倒れたのだが、崖側に余裕がない。
荷物が多いため、バイクにまたがるにはサイドスタンドを立てた状態でステップを使って乗車せねばならないのだが、
ここではスタンドが土砂に埋もれて崖側にバランスを崩してしまう危険がある。そうなったらおしまいだ。
やむなく、そのままの状態でバイクを起こし、自分は乗らずに右側から立ったままアクセルとクラッチを操作。
残された握力を駆使して微妙に速度を調整しつつ何とか脱出。
支線に迷い込んで一時間ちょっと。
ようやく分岐地点まで戻ったときには、疲労感よりも「生き延びた」という安堵感に包まれた。
足つきのよいトレール車のセローだったから無事だったと今でも思う。ありがとうセロー…。
(M氏曰く、「普通のオフ車なら最初から行けないって判断できるよ」…ごもっともです…)
本道のフラットダートが、これ以上ない快走路に感じられた。
その走りやすいこと。崖から落ちる心配をしなくて済むって何て素晴らしいんだろう…。
腕も足も力が入らないため、無理をせずにのんびりと、だが確実にゴールは近づいていた。
っと、バックミラーにバイクの陰。
脇に避けて片手を挙げ道を譲ると、4・5台のオフロードバイクがやはり挙手で応じながら颯爽と駆け抜けていった。
地元オフローダーのマスツーリングか? あっと言う間に見えなくなった。
さっきまで心細い思いをしていたため、人に出会えたことが無性に嬉しい。
無理しちゃいけないと思いつつも、人恋しさで速度を上げて追走。
がんばって追いついちゃうぞ~!
…すぐにカーブでズザーっと転倒… _| ̄|○
…全くごく普通のカーブなのに何故…
あーあ、やっちゃった…気力に体力が全くついていかないんだもんなぁ… (´・ω・`)ショボーン
でもさっきの人たちに無様な姿を見られなかったのは不幸中の幸い。よかったよかtt…
「大丈夫ですか?」
Σ(゚口゚;
背後で一台のDRZが停まった。。さっきの人たちの仲間だろうか。
「あ、あ、大丈夫です」(←全然大丈夫じゃない)
「手伝いますよ」
親切にも降りてきてセローを起こすのに手を貸してくれた。いい人だぁ…。
「ありがとうございました、あとは本当に大丈夫ですから、どぞお先に」
「では、お気をつけて(^^」
爽やかに去るDRZ。迷惑をかけてしまったことを反省。
いかんいかん、慎重に走らねばと思ってバイクを見ると右ステップが折れた状態のまま戻らない…(T▽T)
バイクにまたがって、右足の内側をステップの付け根にくっつければ一応足は落ち着くが、
ステップ荷重を使って微妙に左右のバランスを取ることができなくなった。
まぁ舗装路まであと少しだし、そんな必要もないだろう。
最後の最後で現れた残雪…誰かが仕掛けた罠としか思えない…。
写真を撮影した先には、深さ10cmはあるだろう、深い轍が刻まれた雪道が待っていた…。
いきなり現れた雪の轍にハンドルを取られいきなり転倒。もう何回目だろう…。
半ば切れつつ無理やりバイクを起こそうとするが、足元が雪でズルっとすべる。。
それでも何とか起こして出発するも、再びフロントタイヤが轍からはずれてしまい、大きくハンドルを取られてしまった。
なんとか転倒はしなかったものの、バイクは轍に対して垂直方向。
前後に揺すって脱出を試みたが、後輪が轍に垂直にはまってしまい、どうにもならない。
一旦バイクから降り、引きつった笑いを浮かべながらどうしたものか考えていると、今来た方角からエンジン音が…。
「あ、あ、あっ!?」
轍をトレースしてやって来たのはXR…。
進路は私のセローが完全に塞いでしまってる…。
「来ちゃだめーっ(;´Д`)X」
雪の上で急制動したXRは当然のように派手に転んで横になったまま数メートル滑走…。
あぁ…俺のせいで…(つД`)
ライダーの装備がしっかりしていたようで怪我はなさそうだが、しなくてもいい転倒をさせてしまった。。
その後ろからも二台ほどのオフ車がやって来て停車。
…このあたり普段からこんなに交通量多いのだろうか…。
とにかく進路を開けねばと、セローのリアキャリアを両手でつかみ「フヌッ」っと力尽くで持ち上げて無理やり方向転換。
「すみませんでしたー…」
と頭を下げつつ、3台をお見送り。本当に申し訳ない…。
はぁぁぁ、肉体的にも精神的にもヘトヘトに疲れた…。
そこから数分。今度はようやく本当にゴール。
紀伊半島最長の未舗装区間、川津今西林道・猪笹林道の約35km+α(支線)をともかくも完走。
15:20、龍神スカイラインの護摩壇山スカイタワーに到着した。
スカイタワーの駐車場には林道ですれ違ったオフ車の面々が勢ぞろい。
みんな同じグループだったのかと、その規模に驚きながら声をかけた。
「いやぁ、迷惑かけちゃってすみませんでした」
「いえいえ、キャンプツーリングですか? その荷物で林道ってすごいねぇ」
彼らのナンバーを見ると関西のあちこちから来てるようだ。
後からさらに2・3台到着。全部で10台ほどは居るだろうか。
東京から来たことや、これまでのツーリングのことなど、いろいろ話してるうちに話題は僕のセローに。
「うわ、フロントタイヤ減りすぎやん、すぐにでも交換したほうがええで」
「リアタイヤもやばない? よぉ、あの道走って来たなぁ」
「高速で帰るんなら空気圧も足りへんな」
(;´Д`)…言われてみれば…。。
特にフロントタイヤ。中央のブロックはほとんどなくなってしまっている。
東京を出たときには十分持つだろうと思って気にも留めていなかったが、確かにやばい。
そういえばオイル交換も予定していた走行距離をとっくに過ぎていた。
とたんに帰路が不安になってきた。
「この辺にバイク屋ありますかねぇ…」
自分の今日のキャンプ予定地を聞いたうえでいろいろ心配しながらアドバイスしてくれた。
とりあえずこれから目指す方向には大き目の町がいくつかあるので、幹線道路をバイク屋を探しながら行くことにする。
30分ほど休憩して、彼らは解散。またどこかで、と挨拶しつつ去っていった。
関西のオフローダー=いい人というイメージが自分の中に定着した。
彼らが去った後、右ステップの様子を確認。
転んだ衝撃で関節の部分に土が入り込んだのが戻らない原因のようだ。
土を取り除きつつ、タイヤレバーを梃子にして力を加えたら、すんなり元通り。
よかった。残り心配はフロントタイヤとオイルだけだ。
16:00、出発。龍神スカイラインを高野山方面に。
キャンプに備えて途中の休憩所で水をペットボトルに汲む。
16:20、国道へ出て左折。ちょっとだけ金剛峰寺に寄り道。
平安時代より皇室を始めとする日本中の人々が帰依してきた古刹としては建物の規模は小さめだが、
国道沿いの数多の宿坊や門前町がその繁栄の歴史を物語っていた。
駐車場で横浜から来たライダーと一言二言交わす。
片足をびっこひいてたので心配したら、長距離運転してきて硬直してしまったそうだ。
ひとごとじゃないよなぁ…。
さて、そこから吉野川(和歌山県内では紀ノ川)流域を目指しただが、道選びを失敗した。
地図で見て、近道に見えたR371を選んだのだが、ひどい山道。急いでるのにスピードが出せない…。
遠回りでも川沿いを走るR370を選ぶべきだったと、少し反省。まぁ20km程度で、たいした距離じゃないのだが。
吉野川沿いを走るR24に合流したのが17:00くらいか。
そのまま川の流れを遡るように橋本を経て五条へ。夕方ということもあり渋滞していた。
っと、 国道沿いでバイク屋を発見。喜び勇んですぐに駆け込んだ!
「すみません、ヤマハのセローなんですが、フロントタイヤって在庫あります?」
「ないねぇ…そのサイズ置いてあるとこ、この辺りじゃまず無いよ」
ガ━━━━(゚Д゚;)━━━━ン!
「では、オイル交換だけでもお願いします…」
「あいよ」
オイル交換の間、約20分。バイク屋さんとのいろいろな話を楽しみながらも気掛りは消えない。
フロントタイヤどうしよう…無理すれば東京まで持つか…それとも大きな町で探してでも交換するか…
…っていうか今夜の宿、まだキャンプ地すら確定していなかったっけ…。。
オイル代1000円を払って出発。とにかく野営地を探さねば。
今日のキャンプはもともと吉野川の川原を予定していた。
吉野川の河畔へ降りる道がR24にところどころ設けられていることは出発前に確認済み。
しかし、実際に走るとなかなかここと決められない。人目についたり、鉄道の近くでうるさすぎたり。
少しでも東京へ近づきたい気持ちがそう思わせるのか、もう少し先にもっといい場所があるだろうと、つい欲を出してしまう。
気付けば吉野山への分岐も過ぎて、もう18:00。薄暗くなってきた。さすがにやばい。
っと丁度サンクスのある交差点に川原へ降りる道があったので、そこを野営地に決めた。
国道から丸見えだが仕方ない。(確かこの辺り)
ゴロゴロした石の川原だが、なるべく平らな場所を選び早速テントを張った。
張り終える頃には完全に夜。しかし月明かりで周囲は結構明るい。
米を水に浸してとりあえず夕飯の準備はOK。
まさか空き巣は来ないだろうが、念のためにテントの内側でLEDランタンをつけたまま、バイクで近所の温泉に向かう。
向かった先は津風呂湖温泉。真っ暗な山道が怖かったが10分ほどで到着。
入浴料900円と貸しタオル代200円を払い浴室へ。
備品の炭シャンプーで汗と土ぼこりを洗い落として、心身ともにサッパリ。
筋肉痛でパンパンの全身を揉み解しながら、露天風呂で夜風にあたる。
あ”ぁ”~、き”も”ち”い”い”~♪
β波出しまくりの状態で、あの廃道での出来事を思い出す…。
今朝入りそびれた白浜温泉が遠い昔に感じられた。
風呂上りにはマッサージ器でさらにリラックス。
温泉から戻り、野営地の目の前のサンクスで酒とツマミを購入。
東京でもサンクスはすぐ近所にあるのだが、ここまで近くじゃ無い。便利だ。さすがコンビニ。
旅の最後の夕食はキャンプの王道、カレーライスで〆た。
レトルトだったが、やっぱり外で食べると5割り増しで美味しい。
疲れと温泉で酒の巡りがいつもより早い。
重くなったまぶたに促されるように、寝袋へ体を潜り込ませ、目を閉じて大きく深呼吸。
東京の部屋が幹線道路に面しているせいだろうか、吉野川のせせらぎを時折掻き消す国道のエンジン音が妙に懐かしい。
明日は東京…無事に帰れるだろうか…そんな不安もあったが、あの経験に比べればたいしたことじゃないな、と心底思う。
紀伊の山々に住まう荒ぶる神々の息吹をすぐ傍らに感じた、あの経験に比べれば…。
さすがにもう二度と経験したくないけどね。