恐怖の東京ボロアパート1


東京へ出てきて初めての冬、風邪をひいて悲惨なめにあった。
その頃住んでいた部屋は家賃2万6千円、風呂なし・共同トイレの木造ボロアパートだった。いろいろいわくつきのアパートだったのだが今回はそれは割愛する。冬の最も寒い時期に、僕は風邪をひいて高熱を出し仕方なく大学を休んでいた。風邪でなくても大学へは行ってなかったのだが、それも割愛する。初めての一人暮らしで寝たきりだ。僕は当然銭湯などへ行けるはずもなく、布団に包まったまま既に一週間が過ぎてしまっていた。風邪でなくても一週間ぐらい風呂に入らないことはしょっちゅうだったが、勿論それも割愛だ。
さて。一週間高熱のまま布団で寝汗などたっぷりかいていると、さすがに自分の体臭が不快に思えてくる。特に髪の毛。現在のような坊主頭ならともかく、当時は頭の後ろでゴムで結わえられるほどの長髪であった。おっと、髪の毛の濃い・薄いの差についても断固割愛。とにかく髪の毛が臭いのだ。耐えられないほどに。
ある夜、なぜか午前2時くらいに、無性に髪の毛を洗いたくなり、いてもたってもいられなくなった。とはいえ銭湯はとうに閉店している。湯沸し器などその部屋には当然無い。意を決し水道水で洗うしかなかった。せめて暖房器具だけは総動員しよう。コタツも電気ストーブも目盛りを最高にした。
真冬の午前2時、風邪をこじらせた体調で凍えるような水道水で洗髪。かなりシュールなシチュエーションだ。洗い終わりガタガタ震えながらドライヤーで髪を乾かそうとした瞬間。
ぱちん。
…ブレイカーが落ちた。
暖房器具全開+ドライヤーがブレーカーの許容量を超えてしまったのだ。全く予想していなかった。真っ暗な部屋の中、まさに暗然たる思いで非常用のろうそくを灯し廊下へ出てブレーカーを探す。その部屋でブレーカーが落ちたのはその日が初めてなのでなかなか見つからない。その間にもどんどん体温が奪われる。
「これか」
多少時間を経て、やっとドアの上にそれらしい直方体を見つけた。が、しかし。ここで僕はこれまでの表現を改めざるを得ないことに気付く。
「ブレーカーが落ちた」のではない。 「ヒューズが飛んだ」のである。
僕がヒューズを見たのは寡聞にしてそれが始めてであったが、単純な構造なのですぐに理解できた。半田の様な太目の金属が熱で焼き切れている。なるほど。ブレーカーはあげればよいが、ヒューズは交換が必要なのだな。
…。
…で。どこに換えがある?
…。
このご時世、コンビニで売ってるほどメジャーな品とはとても思えないし、電気屋などは当然閉まってる。なにより濡れた頭で極寒の夜道を歩くのは自殺行為に等しい。考えろ考えろ…。高熱で湯だった脳みそをフル回転させて、助かる道を考えた。やがて僕はおもむろに右を向き、隣の部屋の入り口の上部、その部屋のヒューズボックスを眺めた。
「誰も住んでいなかったよな…」
緊急避難という法律用語は後で知ったが、僕は迷わず隣のヒューズを拝借した。我ながら名案である。廊下を照らす裸電球の下でなんとかヒューズを交換し、真っ白な安堵の息を吐きつつヒューズボックスを閉じた。僕の部屋に明かりが灯る。
「これで助かった…」
明かりと同時にドライヤーのぶぉぉぉ…という音。
「あっ、しまった!」
と思った瞬間。
ぱちん。
再び部屋は暗くなった…。
その後、もう一本のヒューズをどこから拝借したか、それは割愛。



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